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東京高等裁判所 昭和33年(う)1993号 判決

被告人 原田彰俊 外二名

主文

原判決を破棄する。

被告人原田彰俊を罰金壱万円に、同高田精、同中村和夫を各罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人三名に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

原審の訴訟費用中、証人松本礼子、同池田千里子、同滝島美子、同浜中ハル、同富山駒に支給した分は被告人原田彰俊、同高田精両名の、証人浜田カメ、同小林さだ子、同細田セン、同比留間タネ、同村山はるに支給した分は被告人原田彰俊、同中村和夫の各連帯負担とする。

理由

中村弁護人及び重富、関根両弁護人の論旨各第一点について。

所論は、要するに、原審が弁護人からした証人全部の尋問請求を却下したのは、審理不尽の違法を犯し、且つ憲法第三十七条第二項に違背するものである、ということに帰する。よつて記録を調査検討するに、原審が第三回及び第四回公判期日並びに公判期日外において検察官請求の証人十三名を取り調べ、第七回公判期日において検察官請求の書証の取調をなし、更に第八回公判期日において被告人質問を終り、各被告人関係の書証の取調を了すると共に、さきに弁護人からなした証人山本浅雄外十一名の尋問請求を却下したこと、並びに弁護人が、右の如く証人十二名の尋問を請求したのは、被告人原田の判示選挙における立候補決意の時期を明らかにし、併せて原判示第一の被告人原田等の所為が公職選挙法の許容する立候補の瀬踏行為であるか、或いは同法第百二十九条の選挙運動に該当しない準備行為であるかの点を立証しようとする趣旨であることは、所論のとおり、認め得るのである。しかしながら、所論立候補決意の時期については、原審において取り調べた被告人三名の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書等を総合すれば、昭和三十三年三月三十一日開かれた日本社会党保谷町分会において被告人原田が判示保谷町町長選挙の候補者に推せんされることに決定し、同被告人も立候補の決意を固めたこと、同年四月二十八日開かれた同党北多摩支部大会においても同様の決定がなされ、同年五月三日頃同被告人が同党東京都連合会より右選挙の候補者として正式に同党の公認を得たこと、他面同被告人は同年四月二十日開かれた保谷町内の医師歯科医師で組織する親睦団体である五楽会総会において立候補の決意を表明し、同会として同被告人を推せんすべき旨決定し、更に同月二十九日には、同被告人において被告人高田をその居宅に訪問し、同様の決意を伝えると共に、推せん人となることを依頼し、その諒承を得たこと、その直後被告人原田、同高田の両名が判示第一の松本礼子、池田千里子の各居宅を戸別訪問したことを認め得るのであつて、原審は、弁護人請求の証人を尋問するまでもなく、前記取調済の証拠によつてこの点を充分解明し得るものと考え、又訪問の趣旨については、すでに取調済の各被訪問者の各証言及び検察官に対する各供述調書等により裁判するに熟しているものと判断し、前記の如く、弁護人請求の証人全部の尋問を不必要として却下したものであることを窺知するに難くないところである。してみれば、原審のこの措置を目して審理不尽であるというのは当らない。又、憲法第三十七条第二項の法意は、裁判所に被告人側の請求にかかる証人は不必要と思われるものまですべて喚問しなければならない義務を負わしたものと解すべきでないことは、最高裁判所屡次の判例とするところであるから、原審が、前敍の如く、弁護人請求の証人全部の尋問を不必要と判断し、その請求を却下したからといつて、いささかも憲法第三十七条第二項に違背するものではない。

所論引用の判例は本件の場合に適切でない。論旨はすべて理由がない。

同論旨各第二点について。

所論は、いずれも、原判決の事実誤認を主張するものであるが、原判決挙示の各証拠を総合考察すれば、原判示第一及び第二の事実を優に肯認することができる。

所論は、まず、判示第一の事実中、被告人原田及び同高田が昭和三十三年四月二十九日松本礼子、池田千里子を訪問したのは、被告人原田の立候補決意前であり、しかも同日右両名を、更に同年五月五日、八日の両日滝島美子浜中ハル、富山駒をそれぞれ訪問した趣旨は、投票依頼のためでなく、立候補の場合における当選の見込を判断する瀬踏行為として、同人等に推せんしてもらえるか否かの内意を打診するためのものであると主張するけれども、被告人原田が、おそくも四月二十九日前記松本、池田の両名を訪問する前、すでに立候補を決意していたものと認むべきことは、敍上説示のとおりであり、しかもたとえ訪問の時期が立候補の最終的決意をなす前であつたとしてもかかる段階における選挙に関する訪問が、すべて所論のような瀬踏行為乃至準備行為であるとは速断し難いのみならず、本件訪問の趣旨が、瀬踏行為乃至準備行為から一歩進んで、立候補の暁投票を依頼する目的であつたことは、被訪問者である前記松本、池田、滝島、浜中の検察官に対する各供述調書並びに右両名及び富山の原審証言又は両証人尋問調書により認め得るところであるから、所論は採用できない。又、被告人原田、同高田の両名が池田千里子を訪問した場所が、同人の居宅の外にある同人方附属物置の附近であることは、所論のとおりであるが、戸別訪問の罪は、投票を得る目的で選挙人方を戸別に訪問することによつて成立し、必ずしも被訪問者の居宅そのものを訪う場合に限らず、いやしくも社会通念上何某方と認められる個所を訪問した場合を含むものと解すべきであるから、右の如く、訪問の際池田に面接した場所が所論のように屋外であつたとしても、右物置の附近が記録に徴し社会通念上池田方と認められる本件においては、何等同罪の成立を妨げるものではない。原審が、所論小出かつ及び加藤哲夫の両名方戸別訪問の場合につき無罪の判断をしたのは、原判決摘示のとおり、右の場合に該り右両名から投票を得る目前の存在に関する証明が充分でないという証拠判断上の理由に基くものであるから、右両名関係の事実を無罪としたからといつて、証拠の充分な他の被訪問者関係につき同様の結論を出すべきいわれはいささかも存しないのである。更に投票を得る目的で多数の選挙人方を順次戸別に訪問したときは、たとえ訪問の日を異にしても、それらの日が近接している限り、包括的に一の戸別訪問罪を構成するものと解すべきであるから、本件において、被告人原田、同高田の両名が四月二十九日、五月五日、同月八日に前記目的で選挙人五名方を順次訪問したことが明らかな以上、所論のように、意思の継続が断絶されているものということはできない。

次に、所論は、判示第二の事実につき、被告人原田において、演説用マイクが故障したため、判示被訪問者居宅附近を歩きながら、要所で演説している際、被告人中村において、道路上や居宅附近で会つた知人等に対し、原田候補応援のため挨拶に来た旨述べたに過ぎないから、本件をもつて戸別訪問とはいい難いばかりでなく、たとえ被告人中村の行為が戸別訪問に該当するとしても、右は被告人原田の関知しないところであり、同被告人には戸別訪問の意思は全くなかつたものであると主張する。しかしながら、原判決援用の被訪問者浜田カメ、小林さだ子、比留間タネ、村山はるの検察官に対する各供述調書、並びに右四名及び細田センの原審公廷における各証言を総合すれば、被告人中村が選挙用タスキをかけた被告人原田を案内して、右五名の居宅又は居宅の外ではあるが庭先、玄関入口、井戸の附近、増築中の離れの建築場等社会通念上被訪問者方であると認められる個所を戸別に訪問し、前記被訪問者等に対し、被告人中村が被告人原田を紹介し、被告人原田が宜敷頼むと挨拶し、或いは無言で叩頭したことを認め得るのであるから、右被告人両名の行為をもつて、共謀の上投票を得る目的で右選挙人方を戸別に訪問したものと認定するに妨げないのである。従つて所論は排斥を免れない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 坂間孝司 久永正勝 司波実)

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